2013年12月12日

妖し哀しき【上】(ぬいぬい長編)

お久しぶりです!
ぬいぬいの長編を書いております。

えーと、いつもと違って、ホラー風味です。
(書いてる方は怖くないのだが、モバゲで怖いと感想をいただいたのでw)
苦手な方は、閲覧注意。

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※まずはお名前入力確認をどうぞ

 主人公は「  」ですか?
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妖し哀しき(上)                       幕恋創作小説:乾ルート
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「遅くなっちゃったかなあ・・・」

あたりを染め上げる朱い光が、刻々と影の気配をを増していく。
夕暮れ時の、夜に転がり堕ちるような危うさに、街道を行く人々の足は、せわしげに動いていた。
わたしも胸に抱えた包みを抱き直して、少し足を急がせる。

お使いに手間取って、時間を喰ってしまった。
わたしが一人で出ることを心配していたみんなは、会合をもう終えただろうか。

『寄り道せずに、帰って来なさい』

草履を履いていたわたしに、そう声をかけたのは武市さん。
わざわざ会合を抜け出してきたみたいだったけど・・・
でも、家族に・・・お父さんに言われてるみたいで、うれしかった。

『はい、まっすぐ帰ってきます!』

そう答えたのになあ・・・
なんとか日が落ち切る前には帰らないと・・・


「・・・もし」

ん?

川べりの道を歩いている私を、誰かが呼び止めた。
すごく小さい声だったけど・・・確かに聞こえた。

振り返ると、川風に揺れる柳の木の下に、女の人が立っている。

長い髪をまとめもせず、垂れ流して・・・あれ?
女の人の後ろの柳の枝が揺れてるのに、髪の毛は体にへばり
つくように動かない。
水に塗れているような光沢が、青白く目を射った。
まさかと思うけど髪を洗ってた・・・とか?

(あれ・・・?青白く?)

朱一色だった世界に、その光はわたしの目に焼き付いた。
違和感が、胸を刺す。

「わたしですか?」

問いかけると、女の人はゆっくりと笑った。
朱い紅をさした唇の両端が、にゅうっと吊り上る。

「へえ・・・お嬢はんえ」
「どうかしましたか?」

大人の女の人だから、まさか迷子になってる、とかではないと思うけど。
わたしにしてあげられることがあるのかなあ。

そう思いながら、少し近づく。

「お嬢はんは、ええ子やねえ」
「は?」
「・・・うちが困ってるの、わかってくれたんやろ?」

えっと・・・
あんまりよくわかってないんだけど。

彼女は、街道を行き来する沢山の人に目をやってから、
もう一度わたしを見た。

「ほぉら、お嬢はんだけえ、うちに気ぃ付いてくれたんは」
「はあ・・・。あの、何かお困りなんですね?」

わたしは彼女の真ん前まで足を進めた。
仄光るような白い肌の、黒い髪に縁どられた、美しい女の人。

街道の喧騒が、遠ざかる。
柳の下だけ、切り取られたように―――

「お嬢はん・・・甘いもん、お好きやろ?」
「え、まあ、はい・・・」

わたしの目の前で広げられた手のひらには、白い金平糖が一つ乗っていた。

「お食べ。」
「えっ、でも・・・」
「・・・ええから、お食べ。」

手を掴まれて広げられ、そこに金平糖が乗せられる。
ちいさな硬い、トゲトゲの、かわいい金平糖。
だけど・・・これ、ほんとに金平糖?

・・・確かに金平糖にしか見えないんだけど、なんか・・・
手のひらが冷たい、というか、重いというか・・・
いや、重くは全くないんだけど。でも。

へんな感じ・・・

「あの。」

まじまじと金平糖を見つめてしまっていたわたしは、頂けませんと返そうと、顔を上げて―――

「えっ!」

―――誰もいない。
目の前にいたはずの女の人が、どこにもいなかった。

朱く半身を染めた柳の幹と、揺れる葉筋・・・
風が吹いたのか、震えるように、梢がざわっと鳴る。
それだけだ。
どこにも、いない・・・

わ、わたし、そんなに長く金平糖に見入っちゃってたのかな!?
でも、なんで黙っていなくなるの!?

居ないと分かっていながら、きょろきょろ見渡してると、後ろから男の人の声がかかった。


「どうかしたかい?お嬢ちゃん」
「えっ」


この声って・・・

振り向くと、見覚えのある顔があった。
銀に近いほど色の薄い髪を、ゆるくまとめる金のかんざし。
夕日に染まってもわかる、肌の白さ。
いつもはニヤニヤと嫌味に笑ってる顔が、今日はなんだかきつめに見えるのは何故だろう。

「乾・・・さん」
「お嬢ちゃんに名を呼ばれるのは、嬉しいねぇ」

口調はいつもの通りだ。
でも目が笑ってない・・・ような。

「それは何だい?」

乾さんの目線の先は、わたしの手のひらにあった。

「あ、金平糖です。」

答えてから、あっと思う。
そんなこと、見ればわかるよね。
どうして一粒だけ持ってるか、訊いたのかな。

「金平糖・・・ね・・・」

けれど乾さんの答えは、そこで終わるものだった。
どうしてそんなこと、訊くんだろう・・・。

乾さんは、黙ってわたしの手の平に手を伸ばすと、ひょいっと金平糖をつまんだ。
そして止める間もなく、それを自分の口に放りこむ。

「えっ!?」

た、食べちゃった!

「ど、どうして食べるんですか!」
「金平糖だろう?」
「そうですけど!なんで乾さんが食べるんですか!」
「おや、お嬢ちゃんも食べたかったのかい。だったら明日にでも一緒に買いに行こうねぇ」
「け、けっこうです!」

もー!
一言欲しいと言ってくれればあげるのに!

「残念だねぇ」
「わ、わたし急いでるんです!帰りますから!」
「ぜひ、送ってあげたいところだけど、ヤボ用があってねぇ」
「子供じゃないんだから、一人で帰れます!失礼します!」

言い放って、勢いよく頭を下げる。
わたしは足早に街道に戻った。
乾さんて、いっつもこうだ、行動が予測できないというか・・・
あと語尾が粘着質!


「寄り道しないで、お帰り」


えっ?

いつもと違う優しげな響きに、思わず振り返ると、乾さんが、ひらひらと手を振っていた。


押し寄せる夕日の朱と、忍び寄る夜の気配。
その狭間に凛と立つ、白い花のような乾さん。

無駄に綺麗なんだよね・・・

私はなんだかほっとして、家路を急いだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

彼女が少し振り返ったので、俺はひらひらと手を振った。
ぺこりと頭を下げてから、その姿が遠ざかっていく。
真っ直ぐな川べりの道を、見えなくなるまで遠ざかったのを確認してから、俺は握っていた手を開いた。

口に放りこむ振りをして、手の中に握りこんだ、それ。
白い・・・小さな硬いもの。

「金平糖・・・ね・・・」

ざわあ・・・っ!と、背後で柳が鳴った。

「下賤のモノが、味なことをするじゃないか」

ざわざわと、柳葉がうごめく。

「うるさいねぇ」

俺は、手に持った白いそれをつまんだ。強く。――強く。
柳の幹が、ぶるぶると震える。

「――苦しいかい?こんなものをお嬢ちゃんに仕込もうだなんて・・・」

つまんだそれも、ぶるぶると震えだす。

「まったく、身の程を知らないねぇ」

―――ぱぁんっ!

弾けるように、それは消し飛んだ。
白くて硬い・・・おそらくは髪の長い女の―――骨。

(きゃああああああ・・・っ)

耳を通る風が、女の悲鳴を運ぶ。

金平糖に見せかけて、あの娘の体内に入り込み、あわよくば身体を乗っ取ろうとでも思ったか。
川に身を投げた愚か者のくせに、悪知恵が働く。

「少しは懲りたかい?」

薄ら笑いで、そう、言葉を紡ぐ。
言いながら、わかっていた。
魑魅魍魎は懲りることなどない。
昇華せぬ思いにとらわれて、堂々巡りを繰り返すだけだ。

――だが、それでいい。
これで怨みや執心は、きっと俺に向くだろう。
俺はどうせ、慣れている。


「―――去ね」


ざああああっ・・・ばしゃんっ!!

柳を巻き上げた風が、塊となって近くの川面に飛び込む。
途端に、柳は静まった。

冷えていた空気が、ふわっと元の温度を取り戻し、街道の喧騒が、耳に届く。
俺は何事もなかったのように歩き出した。

「逢魔が時か・・・」

朱に染まって、何もかもが曖昧になる時間。
境界がほころぶ、一日で一番危うい時間。

あのお嬢ちゃんは、用心というものが足りぬようだ。
少し、気を付けてやる必要があるかもしれない。

見えているのに、自覚がない。
一番厄介な部類・・・だな。
まあ、それも――

「武市くんに言わせれば、趣、だねえ」

おもしろい娘だ。



夜の帳が空を覆い始めていた。
風を呑みこんだ川面が、夕光の残滓すらも呑みこんで、黒く、揺らめく。
水底の闇を映すように。

暗く、うごめいては―― 

妖しく光った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昨日は大変だった・・・。

洗濯ものを寺田屋の中庭に干しながら、わたしは思い出して、ため息をついた。

日が暮れてから帰ってきたわたしを、武市さんは自分の部屋に呼んで、差し向かいに座らせた。
・・・夕飯前のお説教タイムは、けっこうキツイ。

「どうして遅くなったのですか」
「・・・えっと、お使い先で引きとめられて・・・お茶をごちそうになりました」
「それは聞きました。以蔵を迎えにやりましたからね」
「えっ!」

以蔵、迎えに来てくれたんだ。

「だが、もう帰ったと聞いた以蔵の方が早く、寺田屋に戻ってきた」
「う・・・」
「僕が・・・いえ、皆がどれだけ心配したか、わかっているのですか」
「す、すみません・・・」

寄り道と言えば柳の下でちょっと話したくらいで、そんなに
時間を使ったつもりはないんだけどなあ・・・

「何をしていたのです」
「何って・・・」

何もしてないけど。

「・・・まさか逢引を」
「あいびき?」
「いえ、誰かと会っていたのではないでしょうね?」
「・・・・・・」

会ったことは、会った・・・けど。
でも、乾さんって言ったら、きっと武市さん・・・

逡巡していると、ガラッと障子が開いた。

「だ、誰と会っていたんじゃ!」
「姉さんっ!逢引してたんスか!?」
「あいびき・・・」

うわっ!
なんでみんな聞いてるの!?
ていうか、あいびきってなに!?

「えっと・・・」
「誰なんじゃっ!」

龍馬さんがぐぐっと顔を近づけてくるのを、武市さんが襟首を掴んで止めてくれた。
視線で先をうながされる。
わたしは観念して、口を開いた。

「い・・・乾さんと、会って、少し話しました」
「乾・・・だと!?」

武市さんの目が、嫌悪感を隠そうともせずに、鋭く光った。
こ、こうなると思ったから言いたくなかったのに・・・

「ぐ、偶然ですよ。話したって言っても一言、二言だけで・・・」

慌てて付け足したものの、誰も聞いていない。

「姉さん、どこか触られたりしなかったっスか!?」
「やっぱりわしがついて行ってやるんじゃった!」
「以蔵!塩だ!塩を持て!」
「はい!先生!」


・・・それで以蔵が塩を壺ごと持ってきたものだから、やたらたっぷりかけられて、塩だらけになって。
夕ご飯が食べられたのはお風呂に入ってからだった・・・

パン!と手ぬぐいのしわを伸ばす。
未来の世界みたいに洗濯バサミなんてないから、この時代では細めの荒縄を二重にして張っている。
ところどころ二本一緒に結んであって、その間に、手ぬぐいを挟んで干すのだ。
何度も使われた荒縄は、藁があちこち飛び出ていて、塗れた手で作業していると、どうしても指先が痛くなってくる。
この時代は、手袋も、ハンドクリームもないしなあ・・・
赤くなった指先に、息を吹きかけていると、声がかかった。

「おねえちゃん」
「―――あれ?ぼく、どこから来たの?」

いつの間にか、小さな男の子が足元にいる。
泊り客・・・にしては格好がラフすぎる。近所の子かな。

「おねえちゃん、いっしょにあそんで」
「遊んで・・・おねえちゃん、今お仕事中でね。もう終わるから、少し待っててくれるかな?」
「まてへん」

ま、待てないって・・・
かわいいけど、わがまま・・・

「おねえちゃん、こっち」
「わ、ちょっと・・・」

男の子はわたしの着物の裾をつかんで、引きはじめた。
当然裾はめくれて、中の襦袢が見えてしまう。

「ちょ、ちょっとまって!」
「まてへん」
「行くから!ちょっと裾を・・・」

とりあえず、子供の手を外そうと、その細い腕に触れる。

――― ひやっ

え?
冷たい?

なんでこんなに冷たいの?

まるで―――生きてないみたいに。



ざわっ!

中庭の木々が一瞬だけ葉を震わした。
いつの間に曇ったのか、あたりが薄暗い。
突然気温が下がったみたいに、肌が粟立った。

男の子がゆっくりと振り向く。
わたしはそれから目を離せずにいた。

だって・・・男の子の中に、誰かいる。
姿は確かに男の子だけど・・・男の子の顔にだぶるように
女の人の顔がある。

「誰・・・ですか」

この顔・・・昨日の柳の下の・・・

「あなたは・・・」

女の人の顔は、涙に濡れているように見えた。

泣いてる・・・
とても悲しそうに。
どうして、泣いてるの?
何が、悲しいの?


(・・・・・・たい)


え?
今・・・

もっとよく聞こうと身を乗り出した時、大きな手が、子供の帯をつかんで、ぐいっと引っ張った。
そのまま草むらに放りだすように、勢いよく投げつける。
あっと思うほどの乱暴さだった。

「――乾さん!」

乾さんが、私の目の前に立っている。
薄暗い曇り空の下で、彼の姿は白く浮かび上がるように見えた。
切れ長の瞳でちらりと私を見下ろすと、すぐに視線を子供に戻す。

「身の程知らずと言ったのに、俺の言葉がわからなかったかい」

子供は、投げつけられたというのに泣きもせず、むくりと起き上った。
その姿に、やはり昨日の柳の下の女の人の姿が、一瞬かぶさる。

「・・・あきらめの悪い子は、嫌いだよ」
「い、乾さん、あれは・・・」
「黙ってろ」

乾さんは大股で子供に近づくと、片手でその首をとらえ、地面に引き倒して抑え込んだ。
そのまま体重を乗せるように力を込める。

ちょ、それって首を絞めてる!?

「や、やめてください!」

わたしはあわてて乾さんに駆け寄った。
見ると、首を抑えた乾さんの右手が、わずかに発光している。
その下で、あの女の人がもがくように苦しんでる姿が見えた。

「やめて、乾さん!」
「黙ってろと言ったろう」
「だって、首を絞めるなんて・・・!」

ざわざわと木々がざわめく。

「お嬢ちゃん、これは子供に見えるけど子供じゃないよ」
「わかってます・・・!でもその人、苦しんでる・・・!」

木々がざわめく間隙に、声が聞こえる。


(・・・会いたい)

(・・・会いたい)


「その人はただ、好きな人に会いたいだけです!」
「・・・わかるのか。だがそれがどうした」
「だから、そんなひどいこと、やめてください!」
「・・・話にならないね」

首を抑える乾さんの手が、また少し光った。

「やめてってば!」

思わずわたしは乾さんに体当たりするように肩を押しやった。
首を抑える手が緩んで、その隙に子供は、乾さんの手を抜け出す。
動物のように四つん這いになって、ゾッとするような動きと異様な速さ。
そして、10メートルほど先でこちらに向き直ると、暗い目でわたしを睨んだ。
喉元に乾さんの手の白光が残って、ちらちらしている。

『会いたい』

子供の口が動いて、女性の声が飛び出す。

『会いたい。
 ・・・探したいん。』

誰を・・・?

『・・・そやし、あんたの、その眼をちょうだい。
 身体ごと、ちょうだい』

「え?」

眼?って言った?
わたしの眼?

「・・・なるほどね。それでお嬢ちゃんのところへ来たか」
「えっと・・・」

身体ごと、あげるっていうのは・・・

『ちょうだい!』

風が渦巻いて、砂が巻き上がる。
思わず目をつぶると、乾さんの手が、かばうように、わたしを抱き寄せる感触があった。
ごうごうと、嵐のように風が叩きつける中、乾さんの腕と着物にわたしはしがみつく。

『ちょうだい!ちょうだい!あははははは』

耳障りな哄笑が、風に乗って渦巻いて、高く遠ざかって行く。

『あはははは・・・・・・』

声が小さくなって、やがて聞こえなくなると、あたりは急に静かになった。
嵐のようだった風が、嘘のように止んでいる。
日の光が肌にあたるのを感じて、わたしは周囲が明るくなったことに気づいた。

そして、わたしは乾さんに抱きかかえられていた。
・・・と、いうか、むしろしがみついてるのはわたしの方だった。

ど、どうしよう、この状況・・・

固まっていると、ふいに空いてる方の乾さんの手が、わたしの顎に当てられた。

「え?」

そのままくいっと上を向かせられる。
至近距離に、乾さんの顔があって、彼は覗き込むように
わたしの眼を見つめた。

え、ちょ、ちょっと・・・!

あまりの状況に金縛りにかかったように動けないでいると、乾さんが口を開いた。


「・・・なるほど、無垢の眼か。・・・怖いね」


―――え?

怖い・・・?
乾さんが?わたしを?
それはどういう・・・



「・・・何をしているんですか」
「え?わっ!武市さん!?いやその、風がすごくって!」

あわてて、乾さんから離れる。
武市さんが、不機嫌そうに眉をひそめて・・・
いや、ひそめてどころではない、額に青筋が浮いている。

「乾さん・・・なぜここにいるのです」

お、怒ってる・・・
どうしよう。

オロオロしていると、乾さんは武市さんを見て、にやっと笑った。

「武市君の怒った顔は、相変わらずそそるねぇ」
「・・・・・・っ!」

そ、そそるって・・・乾さん、もしかして武市さんで遊んでない?

「いやなに、裏路地を歩いていたら、麗しいお嬢さんが見えたのでね。
 そういえば昨日、金平糖を買いに行く約束をしたことを、思い出してねぇ。」
「金平糖!?」
「し、してません!約束なんかしてません!」

あわてて首を振る。
確かにそんな話はしたけど!約束はしてないよ!

「おや、君と俺の仲じゃないか。遠慮しなくていいんだよ。」
「・・・仲、だと!?」

いやいや、どういう仲でもないですって!

「どんな仲でもないですし!遠慮なんてしてませんからっ!」
「残念だねぇ。仕方ない、今日のところは引こう。
 武市君、かわりにこのお嬢さんに金平糖を買ってやってくれ」

乾さんは懐を探ると、お財布らしき小袋をだして、ぽんと武市さんに放った。
ちゃりん、と袋の中身が鳴って、武市さんの手にそれが収まる。

「・・・金平糖くらい、乾さんのお手を煩わせることは
 ありませんよ」

ひゅっ、と腕を振って、今度は武市さんが投げ返した。
ちゃりん!と袋が乾さんの手元に戻る。

にやっと笑って、乾さんは言った。

「そこのお嬢ちゃんは、どうも危なっかしいねぇ。
 一人で寺田屋の外に出すと、俺みたいな輩に連れてかれるかもしれないな・・・どう思う?武市君」
「・・・確かに。心配ご無用、僕が気を付けますよ」
「くくっ。それは重畳。」

声を立てて笑う乾さんを、武市さんは眉をひそめて見る。

「また来るよ、武市君」
「・・・来るなら玄関からどうぞ」

乾さんはそれには答えず、片手を上げてから、寺田屋の裏口に向かった。
木戸に手をかけて、一度振り向く。

「ああ、そうだ、お嬢ちゃん」
「あ、はい」
「タチの悪い輩には、情けは無用だよ。ねぇ武市君」
「・・・同感ですね。」

もう一度、くくっと笑って、白っぽい後姿が、裏木戸の向こうに消えた。

「・・・さん」
「ははははいっ!」

お、お説教タイム、再び!?

身を縮めたわたしを見て、武市さんはため息をついた。

「・・・金平糖を買いに行きましょう」
「え?あ、はい!」

あ、怒られなかった!
よかったー・・・

「・・・乾には気を付けなさい」

こくこくと、うなづく。

「行きましょうか。洗濯物は、もう大丈夫ですか?」
「あ、はい!これで最後なので。」
「では、たらいを片づけてきなさい。僕は土間で待っています」
「はい」

わたしはたらいをもって、裏土間へ向かった。
金平糖・・・買ってもらえるのは、ちょっとうれしい。
乾さん、昨日食べちゃったこと、気にしてたのかな。

乾さん・・・。


『無垢の眼か・・・怖いね』


あれは、どういう意味だったんだろう。
乾さんが、わたしの何を、怖いというんだろう。
いつだって、怖いものなんか、なさそうな人なのに。

ふと立ち止まって、裏木戸を見る。

それは、わずかにまだ、キィキィと揺れていた。

彼が通ったことを示すように。
ここにいたことを示すように。

わたしはその音に・・・なぜか少し、ほっとしていた・・・。




「うう〜ん・・・」

次の日。
縁側に腰掛けて、武市さんに買ってもらった金平糖を口に
入れながら、わたしは考え事をしていた。

柳の下で会った、あの女の人のこと。
たぶん彼女は幽霊で、好きな人を探してて、でも見つかんなくて泣いている。
それはわかる。
でも、それがなんで、わたしのとこに現れたんだろう・・・
わたしの眼が欲しいって言ってたけど・・・
はい貸しますってわけにはいかないしなあ・・・

それに、乾さんが、わたしの眼を見て『怖いね』って言ったのは・・・
怖いって・・・一番乾さんに似合わない言葉かも・・・
聞き間違いかな。
例えば、『かゆいね』とか?『とろいね』とか?
うう〜ん・・・

「姉さん、どうしたんスか?」
「あ、慎ちゃん。金平糖、食べる?」
「いただくっス」

隣に慎ちゃんが腰かける。
間に置かれた懐紙の上の金平糖を、ひとつつまんだ。

「ねえ慎ちゃん、無垢の眼ってなんだろう」
「無垢の眼、すか?」
「うん。そう言われたんだけど。怖いものかなあ」
「無垢・・・確かに姉さんは無垢っスよね」

え?そうかな?

「よく子供の眼を無垢とか言いますけど、要するに純粋ってことじゃないっスか?」
「純粋・・・そうかなあ・・・でもそれって怖いものじゃないよね」
「怖くなんかないっスよ!」

だよねえ。
じゃあやっぱり聞き間違いかなあ。
怖いって言ったのも、わたしのことじゃなかったのかも。
あの女の人の事かなあ。

「・・・無垢とかはわからないっスけど、おれ、姉さんの眼は綺麗だと思うっス!」

会いたい人に会えなくて、きっとすっごく悲しくて、それで
あんなふうになっちゃったのかな。
なんか思ったより、怖いとか、ないんだよね。
むしろかわいそうって思っちゃって。
探してあげられるものなら探してあげたいけど・・・

「ね、姉さん?」
「え?なんか言った?慎ちゃん」
「いや、何でもないっス・・・」

慎ちゃんは、なんだかがっかりしたように、肩を落とした。

「慎ちゃん、この時代って人を探すときは、どうするの?」
「人を探す時っスか?それはやっぱり、人に聞くしかないっス」
「そうだよねえ・・・でも名前もわからないんだけど」
「それは・・・ああ、人相書きっていう手もあるっスね」

人相書き?
ああ、似顔絵!
でも、顔も分かんないんだけど・・・
さすがにそう言ったら、慎ちゃんも「なんでそんな人探してるんですか」って言うかも。

「・・・そういえば、おれらの人相書きが出回ってたっスよね」
「あ、そうそう。以蔵の目、いくらなんでもあそこまで吊り上ってないよね」
「いや、あんなもんじゃないっスか?」
「え、慎ちゃん・・・それけっこうひどい・・・」

ひどいといいながら、わたしはくすくす笑った。
慎ちゃんも笑いながら、人差し指を立てて口に当てる。
ふふ、以蔵には内緒、だね。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「乾さま。急ぎの文がまいっておりますが」
「・・・・・・ああ、もらうよ」

藩邸の自室で書き物をしてると、使っている目明しの佐助から文が届いた。
今時分は寺田屋を見張らせていたはず・・・

あの時、寺田屋には念のため四方払いを施した。
手持ちの銅銭に武市くんの気を移して、敷地の四方に埋めてきたのだ。
普段遠く離れてしまう俺の気では、意味がない。
武市くんならもともと魂も上等、多少気を取られて疲れようともすぐに回復するだろうし、うってつけと思ったのだが・・・

雑に結ばれた文を、解く。
中身をざっと読んで、俺は盛大に溜息をついた。
結界が破れたか弱まったかと思ったが、そうではない。

「困ったお嬢ちゃんだ」

文には、彼女が寺田屋を一人で抜け出したことが、示されていた。
しかも、向かった先はどうやらあの川。
自分を狙っている女に、会いにでも行くというのか。
怖いもの知らずとはまさにこのこと。

「さて・・・少し、痛い目でも見ないと、あのお嬢ちゃんにはわからないかもしれないね」

異界のモノに、迂闊に近寄ってはならない。
見て見ぬふりで済むなら、それが一番面倒を避ける道だ。
俺はずっとそうしてきた。
なのに・・・最近の俺は、何をしている?

「厄介な娘と、関わってしまった・・・か」

俺は立ち上がって、刀置きに手を伸ばす。
腰に刀を差して、掛けてあった羽織を羽織った。

「・・・今回だけだ」

我ながら、その言い訳じみた響きに、顔をしかめる。
そうして、急く足を押さえるように、俺は藩邸を出た。

佐助が知らせてきた場所は、あの女が最初にいた柳の木より川を少し上ったあたりだった。
ゆったりと通り過ぎる水の流れを横目で見ながら、俺は速足で歩く。
文にあった場所より、さらに川上へ進んだ頃お嬢ちゃんの姿があった。
行き交う人を捕まえては、なにやら立ち話をしているらしいが・・・
何をしている?

視線を感じてちらりとそちらへ目をやると、物陰に身を隠した佐助が居た。
軽く手を上げると、一度頭をさげて、その場を離れる。
俺が来た以上、佐助はもう必要ない。
俺は歩を遅めると、立ち話を終えた彼女に、ゆっくりと近づいた。


「やあ、お嬢ちゃん」
「あ、乾さん」
「散歩かい?いい日和だからねぇ」
「いえ・・・あ、先日は、ありがとうございました」

怖い目に遭ったことを忘れたわけではないらしい。
俺はそれに答えず、いつものように、ただニヤッと口をゆがめた。

「で、それはなんだい?」

彼女は、手に紙片を持っていた。描いてあるのはどう見ても・・・

「あ、似顔絵・・・じゃなくて人相書きです。あの女の人の」

やはり・・・。
黒々とした墨で伸びやかに描かれているのは、ちょっと見には美人画だ。
・・・実際には幽霊画なわけだか。

しかしそれを一体どうするのだ。

「あの人の身元がわかれば、会いたい人もわかるんじゃないかと思って」
「まさか・・・それで会う人会う人捕まえて、訊いていた・・・と」
「はい、聞き込みです!」
「・・・・・・」

さすがの俺も、二の句が継げない。
なんて無駄なことをしてるんだ、この娘は。

「武市さんにお願いして、描いてもらったんです。似てますよね?」

たしかに、特徴はつかんでるが。

「・・・それで、成果はあったかい?」
「いえ・・・」

だろうな。
あの女がいつ死んだのかもわからない。もしかしたら十年前だって有り得る。
そもそも、この川で死んだからと言って、この辺の者がその顔を覚えてるはずなどないのだ。

「お嬢ちゃんは、土左衛門を見たことがあるかい?」
「え、いいえ・・・」
「水で死んだ者の体は、倍も膨れる。顔も同じだ。人相なんぞわからんさ」
「あ・・・」
「偶然、この辺りで彼女が生活していたなら、別だろうが。その可能性は低いだろうねぇ」

あの女の身なりからして、おそらく身を売っていた女だ。
想い合う男でも出来て足抜けの上の心中か、はたまた男に捨てられた意趣返しか・・・
どっちにしろ、よくあることだ。
人相書きがあったとて、探すことなど、到底出来まい。

「じゃあ、可能性がないわけじゃないですよね!」

――――莫迦なのか?この娘は。

俺は低いと言ったのだ。
なぜそう解釈する。

「あ、人が来た!すいません、ちょっと聞いて来ます!」

・・・理解できん。
そもそも、なぜこんなことをしてるのだ。
この娘は、あの女に狙われているのではなかったか。
己の身が危ないということが、わかってないんじゃないのか?

「そうですか、知らないですか・・・。
 すいません、ありがとうございました」

そう言って頭を下げる。
その頭は誰のために下げているのだ。
あの、妖かしと化した愚か女のためか?

わからぬを通り越して、腹立たしいほどだ。
俺は一息つくと、いつもの調子に声を整えた。

「・・・お嬢ちゃん、それじゃだめだ。探すなら花街だよ」
「え?かがい、ってどこですか?」
「祇園か島原か・・・」

先斗町に上七軒。岡場所も入れたら相当の数だ。
どう言ったらあきらめてくれるか・・・

「花街にお嬢ちゃんが入るには、売られていくしかないねぇ」
「え・・・売られて、って」

さすがに意味を察したのか、彼女の顔がこわばった。
その様子に安堵して、念押しの一言を見舞おうとした時、目の端に鮮やかな青い羽織が映る。


・・・ちっ。
面倒なときに面倒な奴等に見つかったな。
確かこの娘は坂本君とのつながりを疑われていたはず。
ここはしらばっくれるしかないが・・・

「―――お嬢ちゃん、余計なことは言うんじゃないよ」

声量を下げてそう言うと、彼女は少し息をのんだ。

「新選組のお通りだ」

藤堂平助の八番隊・・・。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ザッザッザ、と砂を踏みしめる音が背後に聞こえる。
新選組・・・
わたしはごくんとつばを飲み込んだ。

いつだったか、みんなの逃げる時間を稼ごうと、新選組の前に飛び出したことがある。
その時に、人相書きとかをみせられたんだけど・・・
わたしは、嘘をついて、土方さんと沖田さんをやり過ごしてしまった。
その嘘が不審を持たれたらしく、新選組がわたしを探してるらしいと後になって聞いたけど・・・

わたしの顔を知ってる隊士がいなければ、わからない、よね・・・?
乾さんが目で促して、わたしの手元に視線を送る。
はっとして、人相書きを懐に挟んだ。

どくんどくんと、心臓が鳴っている。
近づいてくる足音に、振り返ることもできず、わたしは身を縮めていた。

ザッ!

足音が、すぐ後ろで止まる。

「土佐の乾退助・・・なんでこんなところにいるんだよ」

若い男の子の声だ。
知らない人・・・だと思うけど。

「俺の時間をどう使おうと、俺の自由だろう?藤堂平助くん」

藤堂平助・・・
知らない名前だ。大丈夫かな。

「おい、女!顔を見せな!」

――っ!
な、なんで!?

「藤堂君、やっと口説き落としたところなんだ。無粋なマネは止めてくれないかねぇ」
「ふん、このご時世に気楽なもんだぜ。おれだって暇じゃねえんだから、そうしてえよ」
「なら、なぜ?」
「きな臭いやつと女が一緒にいたら検めろって、土方さんに言われてんだよ」

ひ、土方さんが!?
それはつまりもしかして、わたしを探してるという・・・

「きな臭い・・・心外だねえ。坂本や桂と一緒にしないでくれたまえよ」
「あんたも充分、うさん臭えや」

ばさっと音がして、背後で何かの畳紙を広げた音がした。

「ほら、女!顔見せな!」

顔見せなって・・・それに今の紙を広げる音・・・
ま、まさかとは思うけど・・・

「おや、人相書きかい?」

が、がーん!
わ、わたしまで人相書き!?
つまりわたし、手配されてるの!?
け、けっこうショックだ・・・

「さすがに女のはばらまいちゃいねえけどな。組長は持ってんだよ」
「どれ、見せてくれるかい?」
「ああ」


ガサガサと音がする。
い、以蔵の人相書きがアレだったわけだし、きっと似てないと思うけど・・・

ううっ!怖くて後ろを振り向けない!

「ふむ・・・知らないねえ、こんな女」

え、似てない?
だ、だいじょうぶかな、振り向いて・・・

「お嬢ちゃん、顔を見せてやるといい」
「は、はい」

わたしはゆっくり振り向いた。
そこには、綺麗な顔立ちの男の子が立っていた。
藤堂平助・・・
こんなに若くて女の子みたいにかわいいのに、組長なの?この人。

平助くんは、なぜか人相書きとわたしを見比べることはせず、じっとわたしの顔を見ていた。

うう、いたたまれない・・・

「まあ、似てねえ、かな。行っていいぜ」
「じゃあ、遠慮なく。お嬢ちゃん、行こうか」
「あ、はい」
「その貸座敷でいいかねぇ」
「え?あ、はい・・・」

貸座敷?
帰らないのかな。

背中を押されて促され、歩き出すと、平助くんが近くの隊士に何か耳打ちする。
なんか・・・イヤな感じ・・・

「藤堂君」

乾さんが振り向いた。

「これ以上無粋な真似はやめてくれたまえよ」
「・・・キナ臭えとこが無きゃ、かまわねえだろ?」
「ふむ・・・。いいだろう、何なら君も一緒に入るかい?俺は構わないよ」

ズザッと平助くんが身を引いた。
なんだか顔が青ざめてる・・・みたいに見えるけど。

「気色わりぃこと言ってねえで、さっさと行っちまえ!」
「ふ・・・初心だねぇ」

乾さんはにやっと笑うと、わたしを連れて貸座敷と看板に書かれた建物に向かった。
大きな暖簾をくぐって中に入る。
迎えに出た店主らしきおじさんに「上を借りるよ」と言いながらちゃりんとお金を渡した。

「それと、使いを頼む」
「へえ」

乾さんは、矢立を出して、小さな紙片に何か書きつけると、軽くむすんでそれを渡した。

「大工町の佐助という男に届けてくれ」
「へえ」
「じゃ、お嬢ちゃん、行こうかねぇ」
「あ、はい」

乾さんの後について、階段を登る。
入った部屋は、川と通りが見渡せる部屋だった。
でも・・・

「い、乾さん。ここ、他のお客さんが使ってるんじゃないんですか?」
「いや?空いてるじゃないか」
「だって、お布団が・・・」
「・・・・・・」

部屋の真ん中には、お布団が敷いてあったのだ。
何故か枕が二つ・・・誰か夫婦で使ってる部屋じゃないの?

乾さんは、少し黙ってわたしを見てから、布団を避けて窓に近づいた。
格子を開けずに首を伸ばして外をうかがってから、腰を下ろす。

「・・・気にしないで座るといい。しばらく時間をつぶして行くよ」
「あ、はい・・・用心のためですか?」

わたしは布団から離れた畳の上に膝をつきながら、そう聞いた。

「新選組が見張ってるからね」

あ、なるほど、新選組が・・・って、ええっ!?
やり過ごしたと思ったのに!?

「な、なんでですかっ!?」

思わず、大きな声で聞いてしまうと、乾さんは、迷惑そうに眉をひそめた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「静かに」
「あっ・・・す、すいません」

俺が軽く睨みながらそう言うと、彼女は小さくなって首をすくめた。
まだ危機が去ってないことがわかったようで、けっこうだ。

そうだ、この娘は察しが悪いわけではない。
だが・・・理解できない行動をとる。

「平助くん、似てないって言ってませんでした?」
「人相書きなんかろくに当てにしちゃいないさ」
「え?」

お嬢ちゃんの顔を振り向かせた後、一度も開いた人相書きを検めなかったのだから。

「ああいう話になれば、無関係な女なら、すぐ振り向いて人相書きを覗きこむものだよ」
「え・・・」
「挙動が不審な女、そう思われたねぇ」

してやられた。
わざわざ人相書きまで用意したのは、脅しを入れて反応を見るのが目的か。
せこいことを考える。さしずめ、土方あたりの策だろう。

「す、すいません・・・。あの、じゃあ、ここから出られないんですか?」
「・・・少しの間で済むだろうよ。もうじき、近くで騒ぎが起こる」
「え!」
「喧嘩ごとに新選組が出張らないわけにいかないからね。その隙にここを出るよ」
「あ、はい!」

佐助にはその手配を命じた。
うまくやってくれるだろう。

川面を渡る風が、涼やかに流れ込んでくる。
途切れずに眼下を通り過ぎる、格子越しの人の波。
それをのんびりと眺めやる振りをしながら、俺はしばらく居心地の悪い思いをせねばならなかった。


――無垢の眼が、俺を見ている。


・・・何故そんなに見るんだ。


子供のように穢れも打算もなく、本質を見抜く無垢な眼。
彼女の年では珍しい眼だ。

見える者・・・見鬼の力なんぞ珍しいものではないが、たいていが、悪いものを見る眼だ。
一種の防衛本能なのだろう、己に害あるものに、人は敏感になる。
だからこそ、自分が異界のものを見ていることが、わかるのだ。
異界を見ている異端を自覚し、さらにそれに囚われやすい。

彼女の眼には、それがない。
ただあるものを見る。
生きて普通に暮らす人間と同じように、異界の住人の姿を見る。
そして、逆に害あるものを無意識に視界から排除して、暮らすこともできただろう。

無意識と深く結びつく、無垢の眼だからこそ。

幸せな娘だ。
俺とは違う。


――何故、そうじっと俺を見るんだ。
その眼に映る俺は・・・人か、異形か。


・・・ばかげたことだ。自分が人間であることは自分が知っている。
怪我もすれば、病にもなる。
人だ。

だが・・・異端ではある。

この娘は、俺が怖くないのか?
その眼に俺は、どう、映っている?


『キキッ』

鼠ほどの大きさの雑鬼が窓を登ってやってきた。
俺に寄ってくるのは、こういう奴等ばかりだ。
普段なら害もない小物は見ぬふりをするが・・・丁度いい。

『キッ!?』

俺は片手でそれを捕まえた。
そして、彼女を見る。

始め、彼女は俺が何を捕まえているかわからなかったようだ。
二つの眼が、じっと手の先を注視し、しだいに見開かれていく。
そうだ、その気になれば、その眼に見えぬものなどない。

「見えたかい?」
「あ、あの・・・それは・・・」
「雑鬼だねぇ」

俺は手に力を込めた。
なじみの白光が手を縁取るように現れる。

『キキッ』

雑鬼が苦しげにもがいた。
邪気まみれの、おぞましい姿。
だが、それを素手で握りつぶす俺は、更ににおぞましかろう。
俺を怖がって、見ることすら嫌がるだろう。

「あ・・・」

『キ、キ――ッ!』

白光が強まって、雑鬼が苦しげに断末魔の声を上げる。
造作もない。
俺の手の中で、小さな鬼は消滅した。

「あ、あの・・・それは、悪いもの、なんですか?」

俺はそれには答えず、問い返した。

「初めて見たかい?」
「はい・・・」
「これからはよく見えるだろうよ。居ることを認識してしまえば、忘れることなどできないからねぇ」
「そうなん・・・ですか」

手に何かこびりついたわけでもないが、俺はパンパンと払った。

「どうして、急に見えるようになったんでしょうか」
「見えていたのに、今まで気づかなかっただけだろう」
「そんなこと、あるんですか?」
「あるだろうねぇ」

あとは・・・彼女は最近このあたりに来たらしいが、環境が変わって感覚が鋭敏になることもある。
どっちにしろ・・・見えてしまったことは、不幸だろうが。

「・・・気にすることないさ。子供はよく見る」

・・・何を言ってるんだ、俺は。
彼女にわざと雑鬼を見せたのは、おぞましさ、怖さを見せるためではなかったか。
慰めになるようなことを口にして、何になるというのだ。

「子供の目に見えるものなら・・・大人になれば見えなくなります?」
「・・・まあ、そういうこともあるね」
「そうですか・・・」

「・・・破瓜でも済めば、見えなくなるだろうよ」

思いついた言葉を、そのまま口に乗せた。
怒るか、恥じらうか、黙殺されるか。
その反応を見たいという嗜虐的な興味だった。
だが・・・

「はか・・・?」

彼女は少し首をかしげてそう言った。

・・・言葉すら知らないのか。

無垢の眼。
それを汚したら、どんな気分になるだろう。

「なんなら、試してみるかい?」

つい、そう言っていた。

「確かに、お嬢ちゃんが見えなくなれば、万事解決だ。
 うまいことに場所もおあつらえ向きのことだしねぇ」
「場所・・・?」

連れ込んだ時にも思ったが、この娘は「貸座敷」の意味も知らぬらしい。
腹が立つほどに無垢な娘だ。

苛立ちから、勢い良く立ち上がると、俺は彼女に近づいた。
あっけにとられた瞳に、俺の白い顔が写っている。

「・・・・・・」

何か言おうとして、何も言葉が出てこなかった。
そんな己に更に苛立って、彼女の腕を乱暴につかむ。
それでも彼女の眼には、恐怖や嫌悪の色が浮かばなかった。


この娘は、なぜ、俺を怖がらない。


どうにでもなればいい。




―――俺は彼女を、力任せに畳の上に押し倒した。


<つづく>


posted by ふじ at 02:05| Comment(8) | 長編ー乾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ふじさま、初めまして。・・・と言っても、一方的にはずっと創作小説を拝見させていただいてました!今回初めてコメントさせていただいてます。前回以降、毎日毎日ストーカーのようにこちらに訪問させていただいてましたが、昨日新作を発見し、夢中で読ませていただきました♪(もちろん何度も読み返して)
あ、私は武市てんてーから始まり、きゅぼ様、龍馬さん・・・へとトライアングル浮気をしております流れ者デス;
ふじ様が書かれる小説、大好きです!幕恋の原本小説書いてるのは、ふじ様なんじゃないかと思うほどに緻密で深くて面白くて・・・すごく引き込まれます!これからも素敵な作品よろしくお願いします!!
Posted by yukia at 2013年12月13日 21:16
>yukiaさん
はじめまして!いつも読んでくださって、ありがとうございます〜!
てんてーからきゅぼさま、龍馬さん・・・!なかなかの浮気っぷり!てんてーが悋気しておりますよ!
幕恋はみーんなステキキャラなので、お気持ちわかります!私も最近不動の2位だったこご様が・・・ついに押しのけられてしまった‥!ごめんこご様!
ぬいぬいの妖力にやられちゃったようですw
小説、こんなにご無沙汰してたのに大好きと言っていただけて、もうもう、こんなにうれしいことはありません・・・!
ありがとうございます!
まだまだ描きたいものがいっぱいです!ああ、仕事やめて一日中創作してたい・・・!
Posted by ふじ at 2013年12月13日 22:01
わーい!新作ですね♪

実はちょっと乾さんにも魅かれている馨でございます(笑)。
続きを楽しみにしていまーす!
Posted by 馨 at 2013年12月13日 23:28
おお、こちらにも。
アップ、お疲れ様です。

久々の長編で、皆様首を長くしてお待ちだったと思います。
ほんとうに、ふじさんのお話は素敵ですよねー。
内容が濃いし、場面転換が鮮やかだし、ひっぱるしー。w
もう、もっともっとと、子供のように次をおねだりしたくなってしまいます。

お仕事、ますますお忙しくなるところを申し訳ありません。
でも、ファン一同次のアップをひな鳥が口を開けてピーピーいうように、お待ちしていますー。
Posted by 茶々 at 2013年12月14日 09:29
こちらにもアップしてくださったんですね。ありがとうございます。
どんなラストが待っているのか、ろくろく首のように首を長くして待っております。
Posted by kamikakusi at 2013年12月14日 10:43
>馨さん
晋作・・・は出てなかった、新作でっす!
ぬいぬい二次、ずっとやりたかったんですよ〜wでもこういう展開しか思いつかなかったので、幕恋ファンから石投げるられるかと思ってたのですが。
よかった、投げられなくてw
(だって板垣退助が妖怪バスターって・・・どんだけ自由なんだ!とw)
続き、いつでもそうですが、自分だけで読んでいると、ほんとに何から何までつまんなく思えてきます・・・
それに加えて恥ずかしい!羞恥プレイ!
推敲はまさに苦行です。
このプレイに耐えねばならんのだ!←主旨変わっとるがな


>茶々さん
つい、クセでのにたんと書いてしまったw
こちらにもアップしました!
名前が出てくるのは一か所なんですが、後編は・・・ってああっ!今気づいた!
いつも前中後編だよね!?今回「上」ってしちゃったってことは上下編?www
うあー、それで違和感があったのかw
上下編じゃしっくりこなくて、上下巻と、確かピクシブに書いたようなww
いや、どっちでもいいんだけどw
良く気づかなかったな・・・自分。
えー、下巻では名前がいっぱい出てくると思うので、どぞどぞこちらで変換してちょw


>kamikakusiさん
こんにちは!こちらにもアプしました!
ラスト、今日仕上げる予定だったのですが・・・しあがらん!
おかしい、なぜこうも長くなるのか・・・ww
読むの大変でほんとごめんなさい。
あ、明日には完結・・・するかもしれないww
Posted by ふじ at 2013年12月15日 14:17
ふじさ〜ん、いつの間にこっちに・・・ちょくちょくチェックしてたのに見逃したぁ。モバゲーでも途中まで読んでますが、やっぱりふじさんのお話面白いです!!ぬいぬいカッコいい〜。でもまたてんてー話読みたいです!!ふじさんの書くてんてー大好きだから〜。いつかまた書いて下さい!!そして、ぬいぬいの続き楽しみにしてますぅ。
Posted by マキ(ロコモコ) at 2013年12月17日 14:34
>マキさん
こちらにもありがとです!
名前呼びがあるので変換できた方がいいかとアプしましたw
後編にはたくさん名前もでてくるよ!
てんてーの続きも書きたいですね〜
実はちょっと書いてたのですが、うっかりデータを全消ししてしまうということをやらかして・・・ww
でもまた書きますよ!
あそこで止めたらてんてー恨まれるし!←オイ
Posted by ふじ at 2013年12月18日 04:01
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